ハンツ・ド・ヨング サクソフォンリサイタル

25日19:00
新大久保 スペースDO
ハンツ・ド・ヨング(HANS DE JONG) サクソフォン リサイタル 東京公演
クロード・ドビュッシー:ラプソディ
ハンツ・ド・ヨング:夢、そして錯乱1-2
鍋島佳緒里:アナザー・ダンス(委嘱・世界初演
鈴木治行:編み目(世界初演
伊藤弘之:「絶望の天使 II」(1999)
ウェルナー・ハイダーソナタ・イン・ジャズ
ハンツ・ド・ヨング(アルト・サクソフォン
寺嶋陸也(ピアノ)

ベルギーのサクソフォン奏者:ハンツ・ド・ヨングが来日し、日本の若手作曲家3人の作品を含めたリサイタルを行った。会場のスペースDOは管楽器専門店DACの地下にあり、映画「スウィング・ガールズ」に出演した少女たちの練習場所としても使用されたのだとか。
ドビュッシー冒頭の豊かなピアノの音色から、この演奏会の成功を確信したものの、残念ながらこの予想はすぐに裏切られてしまう。とにかくヨングが絶不調。そもそもこの「ラプソディ」という作品、委嘱者であるエリザ・ホールは、耳の疾患から医者にサクソフォンを吹くことを勧められた女性で(注)、つまりこれはアマチュアのために書かれたものだということ。が、ヨングは最初のメロディの提示から、通常では考えられない音を外し、その後も、このさして難しくはない作品を脂汗を流しながら吹き続ける。この不調にピアノの寺嶋も影響されたか、後半のハバネラ部分の要となるポリリズムの処理に甘さが見られるなどし、このコンサートの成り行きに大きな不安を感じる。
一曲目終了後も、ヨングはしきりにリードを気にしている様子。二曲目の自作自演はヨングのソロで、ここでようやく通常奏法における発音のタイミングの誤差は解消してきたが、無理をしているのは聴いている身からも明らか。まるでカウンターを当てないとカーブを曲がれない車に乗っているかのよう。
三曲目は鍋島の委嘱作品。冒頭、ピアノの低音で歯切れ良く奏される長2度の繰り返しを執拗に続け、一定のビート感を生み出している。ピアノの演奏が止みビートに隙間が出来ると、サックスはそこに短い音型で鋭角的に切り込んでいく。曲が進むにつれ、サックスの高音域での絶叫の比重が高くなるが、この音域の音では、まだ本調子ではないことが見て取れる。ただし、この作品については、むしろ難があったのはピアノの演奏であったように思う。テンポを揺らさずに時系列へと着実に楔を打ち込むかのような演奏を行ったなら、合いの手のようなサックスの役割も明確になり、歯切れの良いより興味深い演奏になったのではないか、と拝察。
休憩後は鈴木治行の新作。前半部、サックスには同音の連続が特徴的なフレーズが、ピアノには細かな纏わりつくかのような動きが割り当てられ、このニ者が伸ばし音で脱臼されながら、つかず離れずの関係を保って進行していく。途中、両者の伸ばし音が完全に同期するとともに、それぞれの役割が入れ替わって、以後、サックスに細かな動きが、ピアノに同音の連続が特徴的な動きが割り当てられて推移するというX字的構成。最後はピアノの緩いアルペッジョで閉じられる。このコンサートでの一番の演奏が、この曲か次の伊藤作品で展開したことは疑いないが、重音など特殊奏法での発音は(特に高音域においては)やはり完全でなく、狙ったタイミングより心持ち遅れる感じ。この作品で、そのことが気にならなかったのは、縦の線の厳格なアンサンブルを求めない作品の性質による。
伊藤弘之の作品は、四分音を駆使した細かな動きが主体となる無伴奏曲。細かな動きは影のように揺らめき、四分音の使用は音程だけでなく音色のバリエーションを楽曲へと加える。現在までに耳にした範囲では、これが伊藤の最も優れた作品だと個人的には思う(再演回数も多く、CDもあり)。通常奏法と四分音での特殊な発音が同居する、当日のヨングのコンディションからすれば一番の難物であったわけだが、ヨングはこの作品を大きな破綻もなく吹き切った。
ラストのハイダー作品は全三楽章。ポスト・セリエルな作風から出発した作曲家とはいうが、この作品の作風はより穏健な感じ。第一楽章など伴奏を点描的に改訂した吉松隆といった感(冒頭などはかなり「ファジーバード・ソナタ」に似ているような)。そうなると、ピアノにドライブ感が不足しているのが気になる。第三楽章は、2:1の音価の急速なスウィングのリズムで埋め尽くされているが、ソロ・伴奏共にリズムのキープに難があり液状化してしまう。後半いくらか持ち直したとはいえ、リズムの正確なキープが出来るほどに発音のクオリティが回復しなかったということなのだろう。このままでは聴き手としてのフラストレーションも溜まるので、是非、本調子での公演を聴いてみたいものだ。   
(注)ホール夫人はボストン在住の著名な音楽愛好家で、このドビュッシーの作品をはじめ、アンドレ・カプレ、ヴァンサン・ダンディ、フローラン・シュミットといった作曲家にサクソフォンのための作品を委嘱している。彼女が委嘱したこれらの作品をクロード・ドゥラングルの演奏で収録したCDがBISより発売されており、そのジャケットに使用されているのがホール夫人の肖像である。

A Saxophone for a Lady

A Saxophone for a Lady