由美子ではない野川とともに

 自転車を買った。とはいっても、もう10日以上前の話になるのだが。
 西武新宿線上井草駅近くにイシヅカサイクルなる自転車屋があって、ここのご主人とは、姓も同じで住まいもほとんどど隣といって良い程の近所なのに少なくとも5代前までの血縁ではない、が、父の幼馴染でもあり昔から親戚以上のお付き合いをさせて頂いている、といった間柄である。前に乗っていたママチャリが使用不能になり知らないうちに家人に処分されてしまい、ここ2年ほど自転車というものに乗っていなかったとふと気付いたのが先日のこと。この自転車屋のHPを見ているうちに物欲を刺激され店へと駆け込んだ。さて、これは全くの余談だが、「機動戦士ガンダム」を制作した日本サンライズは、かつてこの自転車屋の2階にあって、共用のゴミ捨て場には撮影済みのセルが大量に捨てられていたなどしたとか。「こっそりとっておけば今頃は一財産になったかもね」と、ご主人はそんな冗談を言って笑う。
 そのことはさておき、飛び込んだ店で、現在実質的に店を切り盛りしている(と思われる)2代目にいろいろと相談してみることにした。店主が父の幼馴染なら、2代目は私と同い年の幼馴染で、彼はスポーツサイクルについての専門的知識を以って顧客の相談に乗ったりと、相当の固定客を掴んでいる様子。で、1時間ほどの相談の結果、ラレー社のクロスバイクという奴を購入することに落ち着いた。自転車に詳しい方ならお判りの通り、クロスバイクというのは非常に漠然とした括りなのだが、私が購入したのは、スポーツ用にも乗れるが普通に街を走っていてもおかしくない、ハンドルは横一文字のバーハンドルでタイヤの幅もロード車に比べると幾らか太い、といったタイプのもの。
 というわけで、自転車も買ったし遠出でもしてみようか、と、深大寺周辺から野川に沿って遡行してみることにした。
 溝口健二に「武蔵野夫人」(1951)という作品があり、成瀬組のカメラマン:玉井正夫が溝口と組んだ唯一の作品、といった映画史的な事実のみによって記憶される、正直、溝口としてはかなり微妙な作品なのだが、かつての武蔵野の風景に僅かながらでも郷愁をもつ人間がみると、これが意外に(主に郷土史的な興味から)楽しめたりする。
この映画に、田中絹代が男性として意識しはじめた従兄弟:片山明彦と野川を遡行し、ついには清澄な水が湧き出る泉へと辿りつくというシークエンスがある。「ここは一体何というところですか?」「恋ヶ窪さ・・」「恋・・・」と、思わぬ一言に2人がお互いの好意を意識することになり、突如空気が緊張するという、今日的視点からみれば冗談としか思えないシーンがそれに続くわけだが(さらには、多摩湖のほとりを散策中、突然の雨に見舞われ湖畔のホテルの投宿し、一線を越える超えないを逡巡するシーンなどもある)、この映画のイメージを追い、ロケ地見学くらいのつもりで野川を遡行してみようかと思うに至った。とはいっても、事前の計画は全く無く、流れに沿って走れば自然と国分寺駅周辺に着くだろうという心持ちで、周りの風景など眺めながらとにかく当ても無く走ってみただけなのだが。
 野川はすっかり護岸工事が進んでしまったが、かつての面影を思い起こさせるような風景が不意に現われたりと、なかなかに興味深い道中ではあった。車では速すぎ、徒歩では遅すぎるといった風景の濃度。途中、野川の流れを見失ってしまったが、結局、国分寺駅のそばまで行き、五日市街道から小金井公園に寄って(先日o-157が問題になった武蔵野大学のそばも通ったり)帰宅したという次第。

 確か、去年の今頃だったか、ダイエットをすると周囲に宣言するも、全く進まなかったという前科があるのだが、自転車はダイエットアイテムとしてかなり強力な感触。かつてのダイエットはといえば、自宅近くの周回コースをジョギングでクルクル廻り、25メートルプールを際限も無く往復したりしていたのだが、同じことを繰り返すのは正直辛い。しかし、自転車に乗ることで、自分の力を使って動きつつも目の前の風景が劇的に変わっていくということが、これ程に面白いのかと再認識することになった。これなら長時間運動出来るだろう。近いうち、非常識な遠方へでも出かけてみようかと思っている。
役立つリンク:
まず、自転車を買ったイシヅカサイクルの公式ページ
地図上の点を次々にクリックすることで、道のりを調べることが出来るサイト。自転車で走行 した距離や、ジョギングコースの距離を調べるのに役立つ。今回のコース(画像)は、ここを使って作成。道のり37.97km。
非常識な遠方へ行く際に、最短経路を調べるのに役立つサイト
今月中に日帰りで木更津の先まで行って来る野望あり。その前に神社の役員会も開かなくては。