ジョルジュ・アペルギス再び

19:00 津田ホール
月曜日に引き続き、アペルギスの作品を集めた演奏会を聴く。
90年代以降の室内楽曲を中心にプログラムを編成したのは、元ベルギーのイクトゥス・アンサンブルの団員であり、現在はNHK交響楽団の契約団員としての活動の傍ら、幅広い演奏活動を展開するクラリネット奏者:山根孝司。山根は去年の白寿ホールでのアペルギス個展にも参加し、バスクラリネットのための《シミュラークルIV》、クラリネット、ピアノ、チェロのための《トリオ》を演奏している日本のアペルギス演奏における第一人者。
今回は、予定されていた、声、2つのクラリネットマリンバのための《シミュラークルIII》の演奏が、演奏者の都合により中止になり《シミュラークルIV》に差し替えられた。
プログラム
弦楽三重奏のための《合わない動き》(1995) ※
2つのバスクラリネットと打楽器のための《ファザード・トリオ》(1998)
バスクラリネットのための《シミュラークルIV》(1994) ※
8楽器のための《イン・エクストレーミス》(1998)
ソプラノと6楽器のための《頭の中の夜》(2000) ※
※印は、私が知っている範囲でCDが出ている作品(私がCDを所持している作品でもある)を示す。
前半の聴きものは、急遽差し替えられた《シミュラークルIV》。昨年の演奏でも感じたことであるが、楽譜を極力尊重した表現が素晴らしい。特に感銘を受けるのが、曲の末尾に置かれた重音奏法が延々と続く箇所。具体的には、低音の伸ばしを保持しながら高音で細かな動きのあるフレーズを散発的に吹き、一本の楽器で多層的な音楽の流れを作らなくてはならない、と、無理難題が持ちかけられているわけが、これを循環呼吸まで動員してこなし、見事な持続をつくりあげる。
後半の2曲はどちらも期待以上のもの。《イン・エクストレーミス》は、弱奏と強奏の対比、あるいはソロ・デュオ等と全体奏の対比といったものを軸に展開していく一種のコンチェルト・グロッソ。チューバに橋本晋哉、コントラバスに溝入敬三という、現代音楽演奏のプロを配したことも功を奏したか、豊かな音色の音楽が淀みなく流れていくことに驚嘆する(これは、低音楽器の機動性が高いレベルで確保できたからこそ実現できたものだ)。ピアノの稲垣聡による霞掛かった音色も、ソフトな表現を細部まで徹底して作り込むことに貢献して素晴らしい。曲の終結部では、調性的な要素の強いフレーズがピアノに残り、他の奏者による強奏と対比されるわけで、ピアニストが、もっと踏み込んで言うならピアニストの音色に対するデリカシーが、この曲の死命を決めると言っても過言ではない。ただ、非常に良い演奏であったことを前提に言うと、テュッティによる強奏にもう一段上の迫力があれば、さらに振幅の大きな表現が実現出来たようにも思う。細部に至る弱音の作りこみが見事だっただけに、その対比の効果は絶大なものになったはずだ。
《頭の中の夜》では、開始直後より、マリンバの定拍ビートに、他の楽器が睦み合うかのようなピアニシモでの細かな動きのフレーズが纏わりつく。こうした細かな動きと、様々な楽器の組み合わせで作られる持続音とが対比される趣向。さて、月曜日の演奏では、ミシェル=ダンサックの紡ぐ正確なリズムに驚愕することになったが、この作品ではその音感に瞠目することとなった。4分音単位で指定されている音高をブレなく当てていき、バスクラリネットの高音部と4分音差で不協和させる箇所などはまさに驚異。こうした不協和な音程を含む持続音が持つ特有の音色は、CDでの演奏から受けた、作品に対する否定的な印象を刷新する程の魅力を備えていた。細部を丁寧に織り上げていく器楽奏者の指向と、ミシェル=ダンサックの音楽性が見事に合致したがゆえに生まれた名演奏と評価できるだろう。