モートン・フェルドマン「Trio」(1980)日本初演@静岡音楽館

18:00 静岡音楽館
野平一郎が芸術監督をつとめていることから、静岡音楽館では都内でのホールでも見かけないような意欲的なコンサートが行われることが、たまに、ある。今回は高橋アキがマーク・サバット、ローハン・デ・サラムとともにモートン・フェルドマンの「トリオ」(vn,vc,pf:1980)を日本初演するというので、これは聴き逃せないと新幹線に乗って静岡まで出かけてきた。
サバットはジェームス・テニーに師事した作曲家でもあり、modeやHat Hutにアメリ実験音楽を中心としたレパートリーを録音している。フェルドマンでは「ヴァイオリンとピアノのための作品全集」(mode82/83)など。
サラムは、2005年の12月まで28年間に亘ってアルディッティ弦楽四重奏団チェリストを務め続けた現代音楽演奏の大御所。フェルドマンの録音はHat Hutに「Patterns In A Chromatic Field」を。ちなみに、このCDを無くしてしまったことに気付き、今ちょっとブルーなんだが。←と思っていたら思わぬところより発掘。うれしい。
彼らと高橋アキとで「トリオ・フェルドマン」なるユニットを立ち上げ、今回を皮切りに年内にあと2回(ブエノスアイレス・ダブリン)、このフェルドマンの「トリオ」を演奏するとのこと。ブエノスアイレスやダブリンに比べると静岡は「近所」だ。時差もない。
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会場の静岡音楽館は、600席ほどのシューボックス型のホールで、なかなかに残響豊か。観客は200名弱といったところ。会場ボランティアの方は「少ない・・」と渋げな顔だが、静岡でのフェルドマン一曲公演で、これだけ集まったのは立派。また、この作品で満席なんてことになれば、聴取環境として相当厳しいことになるのは容易に想像できる。会場にて片山杜秀氏にお会いし、「戦前の右翼思想」のことを中心にいくつか。
冒頭から、この先どうなるのかと少々心配になるほどに、音量を絞った表現に終始。ピアノが5つついた最弱部では、弦の2人は弓の毛一本で弾いているような感覚。それでも徹頭徹尾ノン・ヴィブラートで、音を探りもしない。また、最弱部でも音が揺れずに神経が一本通っているのが素晴らしい。ノン・ヴィブラートでの最弱音同士の干渉は、2つの音が重なるというよりは、音の外郭が相互に滲んでいくように感じられ、フェルドマンの作品には、スコアを一瞥しただけではわからない、このような表現の可能性が隠されていたのだと、殆ど強迫的に気付かされた。さらに、弦2人のボウイングが驚くほどの統一性をもって制御されることで、その音響が判りやすく、著しい効果をもって呈示されていることも特筆される。
高橋アキのピアノも、弾くというよりはもはや重力に逆らわず指を落とすといった感じ。それでも音色の制御は厳密で、低音部で半音を重ねたクラスターは、もはや音そのものではなく、弦楽器2人の音の「影」として知覚される。こんな演奏が110分間(片山杜秀氏による測定)一分の緩みもなく進行する。今年の私のベストをアッサリと更新すると同時に、フェルドマンの没後20年に現われた、ある意味歴史的な演奏となった。
ちなみに、Hat Hutからリリースされていたアイヴズアンサンブルメンバーによる演奏(hat ART CD 6195)では演奏時間76分。フェルドマンの後期作品は、複雑なリズムの指定が奏者に響へと耽溺することを許さず、これと残響の効果との調停の先に目指すべき表現があるというのが私見なので、そうした観点からも絶妙な演奏(時間)だったように思う。
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蛇足ながら一言。今回は「ぴあ」にてチケットを購入したのだが、「ぴあ」のインターネット予約では席を選択が出来ず、「現在残っているお席の中から一番良いお席をご用意しました」と席を割り振ってくるのみ。それが本当に良い席なんだとしても、例えば、エグベルト・ジスモンチのソロを聴いたりラヴェルのトリオを聴いたりするのに一番良い席が、必ずしもフェルドマンのトリオを聴くのに良い席だとは限らない。というか、明らかに異なる。今回、会場前方の3列にかなりの空きがあるのをどれだけ空しい思いで見つめたことか。600席のホールでフェルドマンのトリオ。どう考えても、全席自由にして客に席を選んでもらうというのが一番だと思った次第。そうなれば、曲のことをそれなりに知っている人間は似たような席に集まるので、演奏中、隣の客の鼾に悩まされる心配もなくなるだろう。

Complete Music for Violin & Piano

Complete Music for Violin & Piano



上記サバットが弾く、フェルドマンのヴァイオリンとピアノのための作品集。

Aki Takahashi Plays Morton Feldman

Aki Takahashi Plays Morton Feldman



高橋アキによるフェルドマンのピアノ作品集。トリオの録音が待たれる。