大泉学園の鰻屋にて

作曲家の神本真理さんより、声楽家奈良ゆみさんが今月フランスより帰国され、大阪と東京でコンサートを開くことをお知らせ頂いた。奈良ゆみさんといえば、1989年以降の松平頼則の声楽作品が、一つの例外もなく彼女のために書かれているという、松平作品史における大貢献者である。早速ご紹介頂き、7月16日の不肖私も企画に関わっているコンサート:<101年目からの松平頼則>のご案内をメールにてお送りした。

返信は3日を置かずに届き、文面には「17日18日と自分のコンサートがあるために残念ながら伺えません」という旨の丁寧なお詫びに続いて、「晩年の松平さんのご友人に、竹島善一さんという方がいらっしゃり、コンサートがあることをお伝えすると大層喜んでいらっしゃったので、竹島さんにも是非コンサートのご案内を送付頂きたい」(大意)とあった。

竹島さんは、鰻屋を営まれる傍ら、写真家として幾つか写真集を出版されている方だという。メールに添えられていた住所は練馬区大泉学園。近い。調べてみると、黒田京子大友良英といった音楽家のライブ(拙批評もあり)を聴きに私がしばしば通っている、「in F」というジャズライブスポットのほぼ対面といって良い場所だということがわかった。

蘇る記憶―奥会津 (BOONふるさとシリーズ (第1巻))

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奈良さんからメールを頂いた当日に、一度電話を差し上げてはいたのだが、お店を経営されているならチラシなどを持って実際に伺って見たい、と考えるようになっていた。丁度、7月1日は町内での地鎮祭の奉仕後、予定を空けることが出来たので、お昼時の忙しい時間が終わった頃合いを狙って自転車にて出かたという次第。

突然伺ったにも関わらず快く迎えて頂き、お店の一角で1時間ほど、生前の松平氏について貴重なお話を伺った。晩年の松平頼則氏を扱ったNHKのドキュメンタリーが1998年頃に制作されていて、竹島氏もまたその内容についてはご立腹であったのが印象的。あのNHKの番組について良くいう人は一人もおらず、齢90を迎えて精力的にオペラを作曲する作曲家を、過去の栄光は今いずこ、妻のために3分ほどの作品をやっとの思いで書き上げる作曲家であるかのように矮小化している点には、正直私も閉口したものだ。松平頼則氏自身も、自分があたかも役者で、NHKが書いた台本にキャスティングされていたかのようだった、と漏らしていたとか。

そろそろお暇しようかと思った頃、竹島さんは店の奥から写真の束を持ってこられ、何かお役に立つことがあれば自由にお使い下さい、と差し出された。7月16日にお返しするという約束でお借りしてきたその束には、カラヤンが指揮した唯一の日本人作品を作曲し、西洋音楽の嫡子たるメシアンブーレーズにも影響を与え、ケージからの賞賛も勝ち得た作曲家が、東中野のあまりに慎ましい仕事場で、背筋を伸ばし黙々と仕事を続ける高貴な(そう、それ以外に何と表現すれば良いのだろう?)姿が、確かに、在った。