4.クセナキス:室内楽曲・ピアノ曲推薦盤

Xenakis: Anaktoria, Oophaa, Charisma, Mists, Mikka

Xenakis: Anaktoria, Oophaa, Charisma, Mists, Mikka "S", Morsima-Amorsima

→絶版

Chamber Music 1955-1990

Chamber Music 1955-1990

Xenakis: Works for Piano

Xenakis: Works for Piano

20世紀とは、西洋音楽が新しいアイディアを求め、非西洋へと積極的に接近した時代でもあった。多くの作曲家が非西洋の音楽から大きなインパクトを受け、それを自作へと反映させ、音楽史を刷新するエポックメイキングな作品を発表してきた。少々思い出しただけでも、ガムラン音楽に出会い「2台のピアノのための協奏曲」にガムラン的な音型を導入したプーランクインド音楽のリズムから不可逆リズム等のアイディアを得たメシアン。アフリカ打楽器音楽を学んだ経験をミニマルにおける反復の方法へと昇華させたライヒ。そういった例を挙げることが出来よう。人によっては、ガムランからブーレーズの『主のない槌』を、インドからホルストを、アフリカ打楽器音楽からリゲティを連想するかも知れない。非西洋が西洋音楽へともたらした影響は、かように大きく広範囲にわたっている。また、非西洋の音楽家が自国の音楽要素と西洋の音楽語法を結びつけ、「西洋音楽史」へと参入していったことも重要だろう。

さて、西欧クラシック音楽の歴史とは、奏でられる音から極力雑音を排除しようと努めて来た歴史でもあった。ノイズの無いクリアな音、というものが、かくも重要視される音楽というのは、実は世界にはそう多くは無く、西欧クラシック音楽はそうした希少なジャンルのうちの一つだと言えるだろう( その原因の一つとして、音楽が演奏される場、言い替えれば演奏会場の残響の長さを指摘することが可能であろう )。アジア・アフリカ圏の民俗音楽では、音に混入されるノイズの割合を変えて、奏でられる音楽に多様な表情を加える技法が確立されており、それが音楽の印象に本質的な影響を与えている場合がある。クラシック音楽以上にアフリカの民俗音楽から直接的な影響を受けているジャズを例に見てもそれは明らかで、ジャズの奏者の中には、マウスピースやリードに特別な仕掛けをしてまで、ノイズを自身の表現に結びつけようと腐心している奏者も存在するのだ( これはクラシックの奏者が不用意に演奏するポピュラー音楽が、概して、オリジナルに比べると、あまりに詰まらなく、かつ腹立たしい演奏にしかならない理由にもなっている )。

20世紀クラシック音楽の特色の一つである、非西欧音楽からの影響というものは、もちろん、音色に関しても明らかに存在し、特殊奏法や音域的限界を駆使したノイジーな音を加えることで、楽曲に原初的な強度を加えていった作曲家も存在する。1913年に初演されたストラヴィンスキーの『春の祭典』では、トランペットよりもピッコロトランペットが、通常のクラリネットよりもD 管の小クラリネットが活躍する。冒頭のファゴットのソロからして、当時の常識ではソロで使うことなど考えられなかったような音域だ。だが、普段使われない音域を無理矢理駆使するオーケストラから、ロシアの春の暴力的な美しさが立ち昇る。そうした試みをさらに推し進めるとどうなるか?特殊奏法でむき出しになった音を精緻に構成していくことで、聴く人を原初的な興奮にたたき込める作曲家がいたとしたら?その答えはクセナキスの作品の中にある。「楽音へのノイズの混入が音楽へともたらす強度」。クセナキス室内楽曲は、これを実感する最高のサンプルとなるはずだ。

では、CDの紹介に移ろう。まず、Accord盤。このCDには、『アナクトリア』『モルシマ=アモルシマ』が収録されているのが目玉。特に、『アナクトリア』:1969年に初演されたこの音楽史上最強の8重奏曲こそ、特殊奏法に満ちた原初的な音の饗宴として第1に聴くべきものであろう。初演は、このCDでの演奏と同様、パリ8重奏団によってなされているが、彼等によれば、『アナクトリア』の演奏では常に技術的音域的限界に挑戦しなくてはならないために、奏者は、この曲を演奏した後には、もはや何も演奏が出来ないところまで( 物理的に )追い込まれてしまうという。奏者の技術と献身に正比例した演奏効果を与えるだけのキャパシティを持つこの曲が、より演奏されるよう期待せずにはいられない。『モルシマ=アモルシマ』では、弦楽器によるグリッサンド音型と、ピアノによる点描的な音との対比が楽しい。

アルディッティ弦楽4重奏団、そしてクロード・エルフェ。どちらも、クセナキスの楽曲演奏に多大な貢献をした奏者である。この両者が組んで録音された室内楽曲集もまた、クセナキスを語る際に忘れるわけにはいかないものだろう。弦楽4重奏曲:『テトラス』や『st/4』、チェロ独奏曲:『ノモス・アルファ』のような傑作がキレの良い演奏で収録されている。クセナキス作品の演奏に当たっては、この「キレの良さ」というのが重要で、これが無ければ作品の素晴らしさを実感出来る演奏にはなり得ない。クセナキスの作品が、作曲者の類稀なリズム感に基づいて構成されていることが、こうした事実からも良くわかるはず。ただ、エルフェのピアノは高齢ゆえにかなりガタがきていて、キレの良さにおいても正確さにおいてもイマイチであることは申し添えておかなくてはならないだろう。

なら、クセナキスピアノ曲を聴くのならどのCDがお薦めか?それは、modeからリリースされた高橋アキによるものだと断言できる。多少遅目のテンポをとりながらも、楽譜通りに誠実に弾き込むことを意図した演奏で、それ故に奇数連符の錯綜する箇所では複数のテンポが錯綜するかのような感覚を味わうことが出来る。それは、クセナキスが書いた複雑な譜面が、こけ脅しのものではなく、誠実な表現者の手にかかれば聴き手にも認識可能な「音の必然性」を持つことの証明でもある。『ヘルマ』『エヴリアリ』( この曲には、武満らと訪れたバリ島での音楽経験が反映している。クセナキスもまた、ガムランに魅せられ自身の作品の中のその魅力を結晶化しようと試みた作曲家の一人だった )といったクセナキスの代表的な独奏曲の魅力もさることながら、『パリンプセスト』で聴ける落ち着いた表現がもたらす力強さもまた素晴らしい。

追記:

クセナキスの弦楽4重奏曲:『テトラス』1曲に限れば、ベートーヴェンの『大フーガ』やナンカロウ等とともに収録されたGramavision 盤が、骨太な表現が作品の価値を余すところなく伝える名演として、上で紹介したmontaigne 盤よりもお薦めである。(絶版)

また、コントラバス独奏曲の傑作:『セラプス』は、溝入敬三による素晴らしい演奏がALM (コジマ録音)よりリリースされている。高橋アキによる『エヴリアリ』の旧録音( 『季節外れのバレンタイン』(ミュージカル・ノート)に収録)とともに、日本人によるクセナキス演奏の極限を収録したCDとしてお薦めである。

コントラバス颱風/溝入敬三

コントラバス颱風/溝入敬三